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弐章「恋人」1:ノア [弐章:恋人]

 

1:ノア

 


東の塔、上に向かい硬い靴底の音が響いていた。暗い闇、ランタンの明かりを頼りに、ゆっくりと階段を上る靴音。

靴音の主が見張りの兵に軽く会釈をすると、兵は「異常ありません」と敬礼をして下の踊り場まで下がった。

主は、金属製の冷たい扉の前に立った。夥しいほどの護符が重ねて貼られた、牢獄の扉だった。中の様子は薄暗く、よく見えなかったが、扉の隣にある給仕用の格子窓から覗いてみると、月明かりが差す空気窓のおかげで、うっすらと青白く、一人の男が映し出された。

「ノア様、俺です、ツルギです。」

ツルギが声をかけると、ノアの影がゆらりと動いた。じゃらじゃらと、重たい鎖の音がした。牢の主であるノアは、金属の手枷と足枷をされ鎖で繋がれていた。

「月を観ていた。風も無くて良い夜だな。」

「そうですね…ところでノア様、本日のご気分は?」

「この状態で、良い気分の者などいるものか。」

「担当の者から、ノア様がお食事を摂られないと聞きました。どこか具合でも?」

「さあな。こう繋がれて動けなければ、減るものも減らぬのでな。」

ノアはツルギの叔父であり、養父であった。ツルギの父ムーゼは、独り身の弟・ノアの跡取りにと、我が子を養子に出したのだ。とは言え、ノアは戦に出陣し、長く城から出ていた。戸籍では親子でも、ツルギは現王ドーバの第二子・カーダと共に、実父ムーゼを含む、城の者達に育てられた。ノアとの思い出は、幼少期に剣術の初歩的なものを教わった程度だったが、ツルギにとっては大切な身内であり、恩師であった。

2年前、ノアは現王の第一子ザガに遣え出陣したが、護衛が少ない残党狩りの最中、サガは命を落とした。その直後、ザガの心に住み着き、ザガが抑え込んでいたクルトの悪魔が、命を失ったと同時に、その弟カーダの身を蝕み始めた。その時ノアもツルギも、何もすることが出来なかった。

忠誠を誓ったサガを守りきれなかった罪で、ノアの身柄は拘束された。誰よりも、ノア自身が自分を責め続けていた。やがてノアは心を患い、東の塔の住人となった。大剣士ムーゼの弟であり、嘗ては英雄として名が知れた男であるが故、人目に付かない塔へと幽閉されたのだ。よって、城の中でも、ノアの現状を知る者は、わずかでしかなかった。

心に闇を抱えたノアは、夢現を行ったり来たりしながら、時には凶暴性を見せたが、悪魔がカーダに乗り移った時、カーダの精神世界に入り、悪魔に心を奪われないよう、強い魔力を引き出すきっかけを与えた。それがノアが見せた、最期の良心的な行いだった。

カーダが悪魔の力に打ち勝ち、自らの身体にその力を宿してからは、ノアの心は益々闇へと引きずり込まれた。まるでその身が悪魔に変わるかのように、頬は痩け、肌は土色になっていった。

「ザガ様亡きこの世に、私が残る意味などあるものか。ただ月を眺めるくらいしか、能のない私に。」

「ノア様には、剣術があるではありませんか。“ノアの剣”と、この俺の“無銘の剣”は一対の剣。まだまだ教わらなければならぬ事が、俺にはあります。」

「人を守る剣と契約して生まれた私が、守るべき御方を守れなかったのだぞ。そんな私が、お前に何を授けられると言うのだ。第一お前は、『剣は抜かぬ』と申したではないか。」

「ガキの頃はそう思っていました。しかしカーダ様が悪魔を宿した今、俺も【それなりの準備】が必要となったのです。」

「斬る気か…カーダ様を。」

「カーダ様は今、悪魔と契約したばかりです。今のところ温和しくしているようですが、だからといってこちらも何もせずにいる訳にはいきません。」

「という事は、カーダ様がこの国の王となる訳だな。」

「カーダ様にそのつもりはありません。別に候補が現れました故…。」

「別の…候補だと…?」

ノアの声色が変わった、心なしか目が赤く光ったように見えた。咄嗟にツルギは身構えた。にわかに、ノアの身体の周りに、紅い陽炎が登った。王国剣士ノアとしての闘志が漲り、ゆらゆらと立ち上る様子だった。

「認めぬぞ…!時期の王はザガ様と決まっていたのだ!何故だ!」

「…ノア様…!落ち着いてください!カーダ様に第一子が生まれたのです。ノア様、ザガ様はもう…!」

手枷が付けられ、あまり身動きが取れないながらも、ノアはツルギとの間を隔てた格子を掴み、顔を寄せた。ランタンの明かりに照らされたノアの手は、屍の様だった。

弐章の1.jpg

「ツルギ…お前と私は一対の剣で繋がっている。それは生まれながらに定められたもの。切っても切れぬ宿命だ。お前と私は鏡の前の自分の姿を見るのと同じ。主を失えば、いずれ私のようになる。覚えておけ。お前は私だ。主を亡くした王国剣士が、どんな末路を辿るか…。」

ノアは不適な笑みを浮かべ、扉から遠ざかった。そのノアの姿に、ツルギは全身が凍り付いた。数多の戦に参戦してきた王国剣士の、凄まじい殺気を、肌で感じたのだ。
紅い陽炎をまとったノアは、手枷の付いた手を合わせ、“ノアの剣”を召喚した。ノアはそのまま刃を、自分の胸元に向けた。

「ノア様!?」

ツルギは格子を掴み叫んだ。扉の鍵を持った見張り兵が異常に気付き、踊り場から駆け上がる間に、ノアは胸元を“ノアの剣”で突いた。

「ノア様ーーーーー!!!!」

「ツルギ様、どうかされましたか?」

「直ぐに主治医を呼んでください!ノア様がお怪我を!ノア様、お気を確かに!今開けます!」

ツルギが護符の封印を解き、兵が急いで鍵を開けると、部屋に充満していた陽炎は、総て“ノアの剣”に吸収された。ノアの身体は、また月明かりに照らされた。ツルギはノアを抱きかかえ、癒しの魔法を唱えた。しかし、剣との契約が切れた身体は、みるみるうちに老化し、ツルギの実父ムーゼと相応の年頃の老体へと変わっていった。骨と皮だけの手が、最後の力を振り絞り、ツルギの腕を掴んだ。

『間違えるなよ、お前は、私とは違う道を行かねばならぬのだ。』

声を失ったノアは、ツルギの心に直接呼びかけて来た。悲しげな瞳でツルギの顔を見た後、うっすらと涙を浮かべ、そのまま息絶えた。

「ノア様ーー…!!」

白髪の老人となったノアを、ツルギは強く抱きしめた。自分の服がノアの血で染まり、身体が熱くなるのを感じた。ノアの血が自分の身体に吸収されていく感覚がした。そして、傍らに落ちている、紅い陽炎をまとった剣に視線を落とした。

契約した剣を使って、自らの命を絶つことは、大罪であった。残された剣は『魔剣』または『妖剣』と言われ、恐れられ、城の武器庫に特別な形で奉納される決まりとなっていた。王国剣士としても、非常に愚かな行為とされ、王族に背く行為とも言われていた。

「なんという事だ…。いくら心を壊されていたとは言え、ノア様ともあろう御方が!」

踊り場から階段を上る足音や、人の声が増えて来た。ツルギはそのまま“ノアの剣”を睨み付けていた。

・ 

・ 

「そろそろ時間よ。起きて、ツルギ。」

『夢…だったのか。』ツルギはまどろみから目覚めかけた。

「アンナがチューしてくれたら、起きるよぉ~。」

「ざーんねんっ、あたしキャサリンよ。」

「?…!!」

ツルギは飛び起きた。声の方へ目をやると、煙草を吸いながらにやついている、アンナがいた。

「アンナ、てめぇ…。」

「目が覚めたでしょ?」

そう言いながら、アンナは自分が吸っていた煙草をツルギに咥えさせた。

「これ吸ったら出てってね。あたし今日早番なんだから。」

「うん…。」

「あと、寝る前にお願いした件、よろしくね。」

「…何だっけ?」

「もぉ~!覚えてないの?ソフィとリンダの事よ!」

「あぁあれ、分かった分かった。」

ツルギは、煙草の煙を深く吸い込んで、ため息と共に吐き出しながら、一言漏らした。

「あぁ…恋したいなぁ…。」

「(怒)さっさと出てけ!!あんたって、ホントにサイッテー!!」

アンナは、半裸のツルギをシーツを使って床に転がして落とした。そのまま部屋のドアを開け、ツルギを蹴って追い出し、着ていた服をまとめて投げつけ、勢いよくドアを閉めた。その時ツルギは、廊下の壁に頭をぶつけた。

「…あっぶねーな、まだ火あるのに…いてぇなぁもー。」

煙草は折れ、吸えない状態になったので、服のポケットを探り、携帯灰皿にもみ消して入れた。

「寒ぃなぁ…もう冬だもんなぁ。」

白い息を吐きながら、明け方の薄暗い空を廊下の窓から見上げると、東の塔が目に入った。そこはノアが投獄されていた所だ。今は誰もいない。

ノアは、半年前に、『ノアの剣』を使って自害した。しかし実際、ツルギはその場に居なかった。夢で出て来たような光景も、あのような会話も、一切無かった。しかしツルギは、何度か同じ夢を見た。それは決まって、アンナの部屋に泊まった時に限られていた。

誰もいないメイドの寮の廊下を歩きながら服を着ると、自分の頬を軽く叩いた。

「切り替えろ。今日から特殊任務なんだからな。」

ツルギは部屋に戻り、上着を手に取ると、シャワーも浴びずに家を出た。軽く咳込む仕草をしながら、クルト城の裏手、農具小屋側から、迷いの森へと向かった。
行く先には、カーダとリノの家があった。

『お前は私だ』

『違う道を行かねばならぬ』

自分に向けられたのは、どちらの言葉だったのか…。この夢を見た後、ツルギはいつも考えた。自分も、ノア様の様に罪を問われて、投獄されるべきではないのか。道とは、何を差すのか。そして同じ道を行かぬには、この先どうするべきなのだろうかと。


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